ある日突然、従業員本人ではなく退職代行サービスから「本日付で退職したい」という連絡が来る。退職代行を使われた企業側の上司や人事担当者が戸惑い、感情的になるのは無理もありません。しかし、対応を誤ると、未払い賃金の請求や違法な対応をめぐるトラブルにつながるリスクがあります。
この記事では、退職代行を使われたときに会社がすべき対応の流れ、拒否できるのか、業者の種類による違い、注意点を整理します。あわせて、従業員がなぜ退職代行を選ぶのか、そして社内で次の退職代行を防ぐために何が必要かを、全国の正社員463名への自社調査のデータとともに解説します。
出所:株式会社yellba「組織サーベイ実態・意識調査」(2025年12月/全国の正社員 n=463/インターネット調査)。本記事は一般的な情報の整理であり、個別の案件は弁護士・社会保険労務士にご相談ください。
退職代行とは
退職代行とは、退職を希望する労働者に代わって、勤務先の会社に退職の意思を伝えるサービスです。本人は会社と直接やり取りをせずに退職の手続きを進められるため、「辞めたいと言い出せない」「上司に引き止められる」と感じている従業員の利用が広がっています。
退職代行の運営元は、大きく3つの形態に分かれます。どの形態かによって、会社が応じるべき範囲が変わります。
| 運営元 | できること | できないこと |
|---|---|---|
| 弁護士(弁護士事務所) | 退職の意思の伝達、退職日・有給休暇・未払い賃金などの交渉、法的な請求 | ― |
| 労働組合(ユニオン) | 退職の意思の伝達、団体交渉権にもとづく交渉 | 訴訟など法的な手続きの代理 |
| 民間企業(退職代行業者) | 本人の退職の意思を伝えること | 退職日や条件の交渉(弁護士法の非弁行為にあたる) |
会社は退職代行による退職を拒否できるのか
結論として、退職代行を使われたことを理由に、退職を拒否することはできません。
雇用期間の定めのない正社員の場合、民法第627条により、労働者はいつでも退職の申し入れができ、申し入れから2週間が経過すると雇用契約は終了します。退職の意思表示は本人が直接伝える必要はなく、代理人や第三者を通じた申し入れでも、本人の意思が確認できれば有効です。労働者からの一方的な解約の通知(辞職)は、会社が受理するかどうかにかかわらず、期間の経過によって効力が生じます。会社の承諾を前提とする合意解約の申し入れとは扱いが異なるため、通知の内容がどちらにあたるかを確認します。
就業規則に「退職は1か月前までに申し出る」と定めていても、一般には民法の2週間の規定が優先されると解されています。一方、契約社員などの有期雇用は、契約期間の途中での退職に「やむを得ない事由」が必要とされます(民法第628条)。ただし、契約期間が1年を超える契約では、契約の初日から1年が経過した後はいつでも退職できます(労働基準法附則第137条。一部の専門職などを除く)。雇用形態によって扱いが変わるため、まず雇用契約の内容を確認します。
退職代行を使われたときに会社がすべき対応の流れ
1. 連絡の内容を記録する
電話やメールで連絡が来たら、日時、業者名、担当者、伝えられた内容と要求事項を正確に記録します。その場で回答せず、「確認して折り返す」と伝えれば十分です。
2. 退職代行業者の身元と立場を確認する
相手が弁護士、労働組合、民間企業のどれにあたるかを確認します。弁護士であれば弁護士登録番号、労働組合であれば組合の名称と所在地を確認します。民間の業者が退職日や有給休暇の消化について交渉を持ちかけてきた場合は、非弁行為にあたる可能性があるため、交渉には応じず、本人の意思の伝達のみを受け取ります。
3. 本人の退職の意思を確認する
退職代行業者が本当に本人から依頼を受けているかを確認します。委任状の提出や、本人の署名入りの退職届の郵送を求めるのが確実です。なりすましを防ぐための本人確認であり、引き止めのための連絡ではありません。
4. 雇用形態と退職日を確認する
正社員か有期雇用か、契約期間や更新日はいつかを確認し、退職日を調整します。正社員であれば、申し入れから2週間後が退職日の基本になります。
5. 有給休暇の残日数を確認する
退職日までの有給休暇(年次有給休暇)の消化を求められた場合、会社は原則として拒否できません。退職日以降に時季を変更する余地がないため、時季変更権も実質的に行使できないからです。有給の残日数は労務の担当者が勤怠の記録から確認して正確に伝え、欠勤扱いにしないよう注意します。
6. 退職届・貸与品・書類をやり取りする
退職届の提出を依頼し、パソコン、社員証、制服、健康保険の資格確認書や保険証などの貸与品の返却を郵送で求めます。私物があれば返送します。退職後は、離職票、源泉徴収票、社会保険の資格喪失に関する書類などを本人に送付します。引き継ぎが必要な業務は、書面で依頼できる範囲を整理します。
7. 社内で状況を共有し、業務を調整する
同じチームの同僚や上司に、必要な範囲で事実を共有し、業務の割り振りを調整します。退職理由を詮索したり、退職者を責めたりする言動は避けます。残った従業員の不安や負担にも目を向け、職場の雰囲気が悪化しないようにします。
ケース別の対応 ── よくある場面
| 場面 | 会社の対応 |
|---|---|
| 「本日から出社しない」と言われた | 有給休暇の残日数で退職日までを埋められるか確認する。足りない期間は欠勤として扱い、無理に出社を強要しない |
| 有給休暇が残っていない | 退職日までは欠勤扱いとなり、その期間の給与は発生しない。退職は申し入れから2週間で成立する |
| 貸与品が返ってこない | 返却の期限と送付先を書面で示し、郵送での返却を求める。給与からの一方的な天引きはしない |
| 引き継ぎがされていない | 必要な業務の内容を一覧にし、書面で回答を依頼する。応じない場合も、引き継ぎを理由に退職を拒否することはできない |
| 試用期間中・入社直後 | 正社員であれば試用期間中でも民法の2週間の規定が適用される。早期の退職が続く場合は、採用時の説明と入社後の実態の差を見直す |
| 契約社員・非正規社員 | 契約期間と更新日を確認し、やむを得ない事由の有無を検討する。判断に迷う場合は専門家に相談する |
| 民間の業者が条件の交渉をしてきた | 交渉には応じず、本人の退職の意思の伝達のみを受け取る。条件の話は本人または弁護士と行う |
退職代行への対応で注意すべきこと
- 感情的な対応や無視をしない:連絡を無視したり、強い口調で責めたりすると、トラブルが長引き、未払い賃金の請求や訴えにつながることがある
- 本人や家族に直接連絡を迫らない:弁護士が代理人の場合は、原則として代理人を通じてやり取りする。本人への執拗な連絡は嫌がらせと受け取られる
- 損害賠償を持ち出して脅さない:退職は法律で認められた労働者の権利であり、損害賠償の請求が認められるのは、重大な損害を与えた不法行為などの限られたケースだけ
- 給与や退職金を不当に減らさない:退職代行を使ったことを理由に、給与や残業代の支払いを拒むことは労働基準法違反にあたる
- 懲戒解雇に切り替えない:正当な理由のない懲戒は無効とされる可能性が高い
退職代行への対応は、会社の責任として法令のとおりに進めることが、問題を長引かせない最も確実な方法です。裁判などの紛争に発展しそうなとき、判断に迷うときは、早急に社会保険労務士や企業法務に詳しい弁護士に相談します。
退職代行を使われた上司・管理職の受け止め方
部下に退職代行を使われた上司や管理職は、驚きや戸惑い、「裏切られた」という気持ちを抱きがちです。しかし、感情的に反応したり、本人を否定する言葉を周囲に漏らしたりすると、残った部下の不信を招き、職場環境をさらに悪化させます。
- まず冷静に、実務の対応を優先する:受け止め方は後で整理し、最初は法令に基づく手続きを適切に進める
- 個人の責任だけにしない:退職代行の原因を上司一人の問題として片づけず、部署や組織全体の問題として見直す
- 残ったメンバーと話す機会をつくる:業務の負担や不安を聞き、同じ悩みを抱えていないかを確認する
上司自身が精神的な負担を抱えることも少なくありません。人事は上司を責めるのではなく、経緯を一緒に振り返る姿勢で関わることが大切です。
なぜ従業員は退職代行を選ぶのか
退職代行の利用者は20代などの若い世代が中心とされ、利用は年々増える傾向にあります。退職代行を使われた会社の多くは「直接言ってくれればよかったのに」と感じますが、従業員が退職代行を選ぶ背景には、直接言えない理由があります。
- 退職を言い出しにくい:上司との信頼関係が築けておらず、退職の意向を告げること自体が怖い
- 引き止めが強い:過去に退職を申し出た人が強く引き止められたり、人手不足を理由に退職日を先延ばしにされたりした
- 人間関係やハラスメント:上司や同僚からのパワハラ・セクハラや嫌がらせがあり、顔を合わせたくない
- 一刻も早く職場を離れたい:長時間労働や業務負担の偏りで心身が限界に近く、メンタルヘルスの不調を抱えている
- 転職先が決まっている:転職先の入社日が迫り、退職の交渉に時間をかけたくない
共通しているのは、本人が「この職場では、言っても受け止めてもらえない」と判断していることです。退職代行は、その判断の最後の表れにすぎません。
辞める前から、声はすでに止まっている
自社調査では、サーベイや面談で「すべて本音で答えている」社員は 10.8% にとどまりました。本音を控える理由の第1位は「言っても何も変わらないから」で 35.0% です。退職の意思だけを突然言えなくなるわけではありません。日々の不満や提案を言わなくなった延長線上に、「辞めることさえ自分では言わない」という選択があります。
退職代行を使われた時点では、本人から退職の理由を聞くことはできません。職場の問題を拾えるのは、在職中だけです。
辞める前の声を、組織で受け止めて返す
社員の声を匿名で日常的に集め、共感の多い声から優先順位をつけて対応し、結果を社員に返す組織改善クラウドです。上司に直接言いにくい不満や提案も、組織の課題として扱えます。
組織改善クラウド yellba を見る退職代行の連鎖を防ぐ職場づくり
一人が退職代行を使うと、同じ職場から続けて利用者が出ることがあります。同じ不満を抱えた同僚にとって、「その方法で辞められる」と分かるからです。退職が連鎖する仕組みと止め方は「連鎖退職とは?」で詳しく解説しています。再発防止のために、次の取り組みを進めます。
退職の申し出のルールを明確にし、引き止めない
退職の手続き、申し出の方法、相談先を就業規則や社内の案内で明確にします。退職の意向を伝えた従業員を強く引き止めたり、責めたりしない運用を徹底します。円満に辞められる職場であることが、退職代行を使う理由をなくす最も確実な方法です。
ハラスメントの防止と相談窓口の整備
パワハラ防止の措置は事業主の義務であり、厚生労働省の指針でも相談窓口の設置などが求められています。管理職向けの研修を定期的に実施し、上司を通さずに相談できる社内・外部の窓口を設けます。窓口があっても使われていなければ、相談の内容がどう扱われるかが社員に伝わっていない可能性があります。
業務負担の偏りと長時間労働の解消
勤怠のデータで労働時間と残業の偏りを把握し、特定の従業員に業務が集中しないよう労務管理と労働環境を見直します。人手不足の部署ほど、退職を言い出しにくい雰囲気が生まれやすくなります。
キャリアパスと評価を明確にする
この職場で将来どう働けるかが見えないと、従業員は相談より転職という選択肢を選びます。キャリアパスと評価の基準を示し、定期的な1on1ミーティングなど上司とのコミュニケーションの機会をつくります。
社員の声を在職中に拾い、結果を返す
最も重要なのは、社員が日頃の不満や提案を言える状態をつくり、言われたことにどう対応したかを返すことです。上司に直接言いにくい声は、匿名のアンケートやチャットなど、上司の権限の外にある経路でも集められるようにします。離職の兆しは、退職代行より前に必ず現れています。声を集めるだけで返さなければ、「言っても何も変わらない」という確信が強まり、次の退職代行につながります。
よくある質問(FAQ)
退職代行を使われたら、会社は拒否できますか?
退職代行を使われたことを理由に、退職を拒否することはできません。正社員の場合、民法第627条により、申し入れから2週間が経過すると雇用契約は終了します。
退職代行業者と退職日の交渉をしてもよいですか?
相手が弁護士か労働組合であれば交渉できます。民間企業の退職代行業者は、本人の意思を伝えること以外の交渉をすると非弁行為にあたる可能性があるため、交渉には応じず、本人の意思の伝達のみを受け取ります。
本人に直接連絡してもよいですか?
本人確認や貸与品の返却など、必要な事務連絡は書面で行うのが無難です。弁護士が代理人の場合は、原則として代理人を通じてやり取りします。引き止めや退職理由の詮索を目的とした連絡は避けます。
退職代行を使われた場合、有給休暇の消化を認める必要がありますか?
原則として認める必要があります。退職日以降に時季を変更する余地がないため、時季変更権を実質的に行使できないからです。
退職代行を使った従業員に損害賠償を請求できますか?
退職は法律で認められた労働者の権利であり、退職代行を使ったことだけを理由とした損害賠償の請求は認められにくいと考えられます。認められるのは、重大な損害を与えた不法行為などの限られたケースです。
退職代行を使われないために、会社は何をすべきですか?
退職を言い出しやすく、引き止めない運用を徹底すること、ハラスメントや業務負担の偏りをなくすことに加えて、在職中から社員の声を拾い、対応の結果を返す仕組みをつくることです。
退職代行は、職場の課題を知らせる最後のサイン
退職代行を使われたときにまず必要なのは、感情的にならず、法的に正しい手順で対応することです。そのうえで、なぜ本人が直接言えなかったのかを、職場の課題として捉えることが再発防止の出発点になります。退職代行を使われた時点で、本人の本音は聞けません。課題を拾えるのは、社員が在職している今だけです。
